寓話
公文書館の答えの隣にある小さな貸出印
県志館が地方志を編纂し、若い書記は驚くほど速く書き、物語も聞き応えがある。館長は当初、各文の裏にある出典に頼って業務を進め、顔なじみの道筋で、規模が小さいうちはほとんど誤らなかった。書記は認めた:流暢に書けることは信頼に値することではない。読者は標識をたどって具体的な巻冊に戻らなければ、一句に根拠があるか判断できない。
後に読者がある橋がいつ修理されたのか尋ねると、書記はただ「老人たちがそう話している」と言うだけだった。橋の年が原簿で確認できないとき、美しい叙述は検証できず、正確な出典がなければ誤りも特定・訂正できない。
最初の修繕は急だった。館長は彼に、篇末に「旧档若干を参照」と大ざっぱに書かせれば、それで済むと思った。篇末に「旧档若干を参照」と大ざっぱに書くのは引用を補ったように見えても、読者は具体的な根拠を特定できない。だが新たな不具合も続いた。皆、最も目につきやすい所ばかり見て、遠くの小さなずれは積み重なっていった。
彼らは各事実に文書、段落、ページ、または記録識別子を結びつけ、検索バージョンを保持し、回答中のcitationをクリック可能で再確認可能な証拠ポインタにする。
後に田畑争いの訴訟で県志が使われた。館長は、各地名・年月・数のそばに巻名・ページ・筆写者を明記するよう求めた。この手間は面倒で、当初は工期を遅らせた。しかし数回を経て、手戻りが減り、師匠たちも気分で規矩を変えなくなった。地方志の信頼性は文体ではなく、読者が正確に証拠の原処へ戻れるかどうかに依存するようになった。
これ以降、答えの信用は語気ではなく、読者が原文に戻れるかどうかにかかっている。出典がたどれてこそ、監査、訂正、責任追跡が成り立つ。
出所が調べられない噂が一つあり、削除されたことでかえって本全体の信用が保たれた。それ以来、うまく語れるだけでは足りず、他人がマークをたどって、なぜそう言えるのかにたどり着けなければならない。