寓話
食肆での二種類の試菜:一つは本物の食客が座って味わうもの、もう一つは別の料理人に先に味見させるもの
老舗の食堂では、料理を出す前に二つの試食プロセスがあった。第一は客のテーブル——毎日正午に入口に長テーブルを出し、常連客六人に新作三道を食べてもらう。食べ終わると各料理を採点し、講評を書く。客の中には辛いものが平気な人と苦手な人、北方の人と南方の人、歯ごたえのパリッとしたのが好きな人と口当たりの柔らかいのが好きな人がいる。六人六様の舌だが、講評は正直だ——「この東坡肉は甘すぎる、塩気と香ばしさが足りない」「魚の切り身が厚すぎて、箸で持ち上げると下に落ちる」。
第二の仕組みは料理人会である。週に一度、向かいの店の老料理人を招き、評価マニュアルを渡して厨房で試食させる。マニュアルには包丁さばき、火加減、味付け、見た目の四つの次元が各十分で列記されている。老料理人は三分で一皿を試し、十分制で点数を出し、最後に一行の評語を添える。効率は高く、厨房の邪魔にもならないが、評語はいつも同じ数種類の味だった。「塩加減と甘みの比率はまずまず」「火加減がやや過ぎ」「盛り付けは改善の余地あり」。
食肆の店主は料理人がつける点数でメニューを調整し始めた。老料理人が高得点をつけた料理を看板に押し出したが、客の注文率はかえって下がった。聞き取り調査で、老料理人は辛さへの耐性が非常に低く、青唐辛子の入った料理はすべて無意識に減点し、「火加減やや過ぎ」という評語が繰り返し現れていた。しかし地元の客はまさに鍋気のある辛炒めを好んでいた。料理人の味覚がメニューを偏らせた。
店主はもう一度対照実験をした。同じ週に新しく出した五品を、食客と料理人がそれぞれ一組ずつ採点した。二品は料理人の点が食客より一段低かった。やはり辛さの問題だ。一品の甘いスープは料理人が満点をつけたが、食客側では甘すぎるためかえって中程度の点だった。店主は気づいた。料理人の舌は専門訓練を受けており、標準的な作り方には敏感だが、地元の味覚の知覚は普通の食客とは二つの別系統だ。
調整後の品菜制度は二線並行となった。食客卓は毎週開き、菜が人気か、注文されるかを判断する。厨子会は残すが、メニューランキング投票は行わない——硬傷のみを調べる。生熟の問題、食材の鮮度、基本調味の失衡。食客は好悪を、厨子は底線を管理する。両方とも品菜と呼ぶが、判じているのは異なる層の品質である。
店主は新しい制度を厨房の壁に書き出した。食客が座るのは客席で、泥のついた足で来て、手に持つのは箸。料理人が座るのは味見席で、評価マニュアルと口直し用の温水を持ち、味蕾は基準とずれを探している。二つの道具にどちらがどちらを置き換えるという関係はなく、分けて使ってこそそれぞれに役割がある。
後に投資家が店主に尋ねた。あなたたちは一皿の料理が本当に良いかどうかをどう判断するのか。店主は食客の採点表と老料理人の検査表を机に並べ、同じ料理の二組のデータを指して言った。食客がこの料理は香りが良くご飯が進むと言えば、売れることを示す。料理人がこの皿は包丁の入れ方が均一でないが味付けに過ちはないと言えば、看板を傷つけないことを示す。合わせて初めて良いかどうかが分かる。