寓話
不満を、アーカイブが理解できる問いに書き換える
道案内の亭では、旅の者はしばしば質問を曖昧に言う。「藍布を売っている店へはどう行く?」「この前傘を直した老人を探している。」亭卒がそのままの言葉で道帳を調べても、十中八九見つからない。道帳は街名、店名、登録番号しか認めず、人の記憶の断片は認めない。
初めのうち亭卒は問い返すばかりで、列はますます長くなった。後に彼は客の言葉を路冊が認める手がかりに書き換えることを覚えた。藍布は染坊街の周記布荘かもしれず、傘修理の老人は南橋の胡師匠かもしれない。検索速度はすぐに上がった。
書き換えも間違うことがある。ある時、客が「白塔のそばの薬屋」と言い、亭卒が白塔街薬局に変えたが、実際の場所は白塔寺の裏門だった。客が急ぐほど、元の言葉は短くなり、亭卒はますます勝手に決めてはならない。
老亭長は規則を定めた。確定できるものは標準地名に改め、曖昧なものはまず追加質問し、重要な仕事は元の言葉と書き換えた手がかりを一緒に調べる。最初の修正の問題は、検索できることだけを追求し、人が本来何を尋ねたかったかを保持しなかったことだった。
後に亭卒は一つの不満をいくつかの可能性に分解するようになった。客が「前回あのぼったくり駅站」と言えば、まず手紙か、馬の乗り換えか、宿泊かを尋ねる。二軒の店を指す可能性があれば、聞こえの良い一本だけを選ばず、両方の手がかりを列挙する。
道案内亭が正しい道を見つける回数が増え、争いも減った。客は依然として自分の言い方を使い、路冊は依然として自分の番号を使う。その間には、翻訳し、追加質問し、曖昧さを保持できる人が必要だ。
うまく問うとは、必ずしも元の言葉をそのまま冊子に投げ込むことではない。人の曖昧な言い方を検索可能でマッチ可能な問い方に整理することが、正しい答えを見つけられるかどうかをしばしば決める。しかし言い換えが過ぎると、人を誤った街角へ連れて行くこともある。
後に老亭長は、誤った道案内の事例を壁の裏に掛けた。誰かが書き換えたせいで人が道を間違えるたびに、元の言葉、書き換え、不足していた確認事項、正しい場所を記録した。亭卒たちは次第に学び、よい書き換えは探索を助けると同時に不確かさを尊重すべきだと理解した。聞き取れないときは、まずはっきり尋ねてから筆を取る。後に道を尋ねる亭では、遠回りがずっと減り、道の帳簿も曖昧な尋ね方に悩まされなくなった。