寓話
絵を碁盤のマスに切る鑑定所
画院は学徒に大画を読ませようとした。伝統的な師匠はまず線と隅々を見て、局所のテクスチャから全体の意味へと推し進める。花鳥の小画にはよく効くが、人群の長巻に出会うと、羽根は見えても全体は見えないことが多い。院長は当初、画を切ると意境が壊れると心配した。新しい画師は一幅の長巻を広げた。局所の筆致だけを見つめれば、遠くの軍旗と近くの逃散する人群との関係はかえって見えなくなる。
新しく来た絵師は長い巻物を等しい大きさの小さな方形に切り分け、それぞれを一つの詞牌とした。弟子はまず各片のおおよその内容を知り、次にすべての小片を互いに照合させた。この旗はあの城門とつながり、遠くの煙塵は近くの奔馬と呼応する。最初の切り分けには位置の印がなく、弟子は河岸の断片を山道と見なし、遠くの城門を近くの馬蹄の後ろにつなげ、絵全体の空間が乱れた。
最初は切片が粗すぎて人物の表情が失われ、細かすぎると机の上が紙切れだらけで扱いにくくなった。絵師は試行錯誤して適切な片幅を見つけ、小さな片が画中のどこにあったか忘れないよう、元の位置を書き込んだ。片幅の試しにも失敗はつきものだった。大きすぎる片は長い一文のようで互いに比べにくく、小さすぎる片は物体の輪郭を失い、意味のない色の塊だけが残った。
数ラウンド後、見習いは筆致に沿って局部的に見るだけでなく、絵画全体を相互に関連する断片の連なりとして読めるようになった。
後に徒弟は一幅の戦図を読むとき、まず各片を見て、それから旗、騎馬隊、城門、煙塵を互いに照らし合わせた。遠くの小さな片が近くの判断に影響し、近くの動作もまた遠くの意味を書き換える。
画院もまた旧師匠の局所的な眼力を廃止しなかった。細かい線、角、筆致は依然として重要だが、長巻はより早く遠くの関係を見る必要がある。局所の技と全体の対照が合わさって、初めて読図が安定する。
後に画院は切片読図を新画にも旧巻の修復にも使った。一角が欠けているとき、学徒は周囲の断片と遠くの手がかりから内容を推測できる。しかし原画がひどく残欠していれば、見えないと認めねばならない。相互に注意することは手がかりを補えるが、真実を無から作ることはできない。
図を読む道は一つではない。絵を切片に切り、切片同士を互いに注目させることで、長巻の中の遠近関係をより早く判断に入れられる。