寓話
老算盤氏が残した中間の計算跡
糧倉は毎月決算し、老算盤先生はいつも総数を出せた。若い店員は彼を敬服し、最後の答えだけを帳簿に写した。小さな帳目なら問題ないが、大きな帳目が増えると、間違ってもどこが間違いか誰も分からなかった。
ある年の秋の取り入れ時、三つの倉庫、五つの穀物価格、二回の割引が混ざり合った。老先生は一つの数を告げ、県令がどう計算したのかと尋ねると、手代たちは黙るしかなかった。県令はもともと信頼できる合計が欲しかっただけだったが、大きな帳簿は長い路地のようなもので、最後の灯りがついていても、前のすべての曲がり角を正しく通ったとは限らないと気づいた。
彼らはまず老先生にもっと真剣にやるよう求めた。老先生は確かに少し遅くなったが、答えは時折まだ間違っていた。中間プロセスがなければ、真剣かどうかも検査しにくい。
その後、老先生は草紙に各手順を書き始めた。まず倉庫を統合し、次に単位を換算し、次に損耗を差し引き、最後に税を計算する。店員たちは彼が大きな問題を小さな問題にどう分解するかを見た。最初の草紙はあまりに気ままで、ある者は推測も書き込み、ある者は途中の暗算を省いた。確認する者は多くの痕跡を見たが、どれが本当に答えを支えているのか区別できなかった。
当初は草紙が長ければ長いほど良いと思われていた。しかしすぐに、草紙には多くの無用な枝葉が現れ、本当の誤りはかえって埋もれてしまった。
老先生はこう定めた。中間の計算痕は問題解決にのみ役立てる。分解すべき時は分解し、確認すべき時は確認し、止めるべき時は止める。外に見せるためのものではなく、複雑な判断を安定させるためだけに使う。そこで経理係は形式を定めた。重要な換算は書く、根拠の出所は書く、繰り返しの算術は埋め尽くす必要はない。私的な帳項目に関わる時は、検証可能な印だけを残す。
ある種の帳目は、中間過程を書いた方が明らかに正確だ。簡単な足し算は、直接計算した方が速い。店員たちはタスクの難易度に応じて手順を展開するかどうかを決め始めた。県令も草紙を絶対の真実と見なさないことを学んだ。中間過程は検査に役立つが、理由のように書かれてしまうこともある。重要な帳目は依然として原始証憑に戻る必要があり、手順が完全に見えるというだけで見逃してはならない。
後に彼らは草紙の保管も学んだ。県令に見せる帳簿は必要な説明だけを示し、内部の草紙は再確認と新人教育に使い、公開すべきでない細部の漏洩を避けた。