寓話
青写真の描き方と青写真そのもの
建築設計院には二つのチームがある。方案組と製図組である。方案組は格局、風格、構造手法を定める。製図組はその手法を施工可能な青図一枚一枚に描き起こす。
新しく来たプロジェクトマネージャーの小方は初めての会議で、方案組は「青写真はもう決まった」と言い、出図組は「青写真はまだ出終わっていない」と言った。小方は呆然とした。彼らは同じことを言っているのか?
何度かの会議の後で彼はようやく理解した。方案組が言う青写真とは、家を建てる考え方と表現方法を指し、出図組が言う青写真とは、最終的に作業者に渡す図面の束を指す。前者はどう描くかを決め、後者は描かれたものである。
小方は契約でもつまずいた。発注側はすべての設計図の納品を求め、設計院は中核方案図を渡すと思っていたが、発注側が待っていたのは各配管の詳細図だった。双方は同じ言葉をめぐって二週間争った。
彼はまず、今後は皆この言葉をあまり使わないよう規定しようと考えた。しかし会議が忙しくなると、皆は相変わらず口をついて使い、問題は検収時に爆発するまで先送りされただけだった。言葉は間違っていない。間違いは、現在それがやり方を指すのか成果物を指すのかを説明していないことにある。
小方は後に規則を定めた:院内文書は二つの意味を必ず分けなければならない。方法について話すなら設計手法と言い、成果物について話すなら施工図面と言う。誰かが同じ言葉で二つのことを包もうとしたら、会議記録に現在の文脈を補足しなければならない。
ある外地の匠師が訪れ、より良い青写真が欲しいと言った。小方はすぐに承諾せず、まず問い返した。あなたが欲しいのは図を描く方法か、それともすでに描かれた図面の束か。相手は考えて、両方だが別々に仕様を定める必要があると認めた。
年末総括で、小方は書いた。一つの言葉が同時にやり方と成果物を指すなら、プロジェクトはいずれ手戻りする。名前は単なる呼称ではなく、皆が自分が何を納品していると思い込むかを決める。それ以来、設計院は記録文書棚を二層に分けた。上層には画法、規範、変換ルールを置き、下層には具体的なプロジェクトで納品する図面を置いた。新人が一度取り違えれば、自分が取ったのは尺法か図面かを明確に説明するよう求められる。その後の見積もり、検収、手戻りがこの一言に関わるからだ。小方は後に、争いが最も多く起きるのは納品の境界だと気づいた。ある者は画法一式を買ったと思い、ある者は図面一箱を受け取ったと思っている。この違いを明確にすれば、契約の落とし穴はずっと減る。後の振り返りで、皆はこの経験を日常のルールに書き加えた。まず現場のどこが本当に結果を変えたかを見て、それから何を残し、何を修繕し、何を制限するかを決める。