寓話
盾と受付台
老茶館の入口の行列が長すぎたため、店主は応対係を一人呼んだ。係は門前に立ち、茶価、席、看板点心に答えられ、間違った門に来た人を帰すこともできた。数日後、店主はただ一つの数だけを見た。どれだけの客が内堂に入らなかったか。
数字は良く見え、内堂はかなり楽になった。しかし門外の不満も多かった。個室を予約したかった人が『本日満席』の一言で追い返され、茶葉がカビて賠償を求めた人が隣の雑貨屋に回され、常連客は怒って二度と来なくなった。
番頭は最初、店員が人を遮るのを褒めたが、後に帳簿をめくって、内堂に入れないことが問題解決ではないと気づいた。遮られた客のうち、確かに自助で済ませた者もいれば、ただ諦めた者もいた。
彼は二冊の帳簿を改めた。一冊は本来内堂に入るはずだった事柄がどれだけ門口で処理されたかを記録する。もう一冊は接待の店員自身がどう処理したかを見る。回答が正確か、客が満足しているか、内堂に回すべきときに回したか。
店主はまず店員に褒賞を与え、内堂に入れる者を一人減らすごとに銅銭を一枚多く与えた。店員はすぐに、複雑な問題をすべて門の外で止めるようになり、詫びるべき常連客まで追い返した。行列は短くなったが、経理係はリピーターが減ったことに気づいた。
後に店主は帳簿を替えた。入口で解決できる茶価・席・メニューは良い事とし、本来内堂に進むべき賠償・予約・苦情が遮られたら悪い事として記録する。店員の目標も「入場者を減らす」から「簡単な事は入口で完了させ、難しい事は正確に内堂へ進める」に変わった。店主への迷惑を減らすことには価値がある。ただし、客の用事が本当に処理されることが前提だ。
月末に見ると、門前で止められる人は少し減り、内堂はかえって静かになり、賠償も早くなった。店主は悟った。美しい数字が客が入らなかったことだけを証明しているなら、それは厄介事を追い払っているのかもしれない。良い応対とは、問題が行くべき場所へ届いたかどうかで見るものだ。月末に見ると、門前で止められる人は少し減り、内堂はかえって静かになり、賠償も早くなった。店主は悟った。美しい数字が客が入らなかったことだけを証明しているなら、それは厄介事を追い払っているのかもしれない。良い応対とは、問題が行くべき場所へ届いたかどうかで見るものだ。
それ以来、店員は人を遮ることを誇りにしなくなった。良い応対は、簡単なことは入口で解決し、複雑なことも円滑に中へ通すことだ。列に並ぶ人が何人減ったかだけを数えれば、「未解決」を「節約できた」と誤認してしまう。