寓話
医案を一枚取りこぼせば、名医でも正確な処方を出せない
青瓦鎮の医館には、分析が非常に安定した老医師がいた。病人が診察に来ると、学徒はまず書類棚から旧医案を探し、関連記録を老医師の机に置く。老医師は記録を読み終えてから、問診して処方を書く。
ある日、常連客がまた咳をしに来た。学徒はすぐに三ページの記録を探し出した。先月は冷え、昨年は喉の痛み、一昨年は発熱。老医師はそれを見て温補の処方を出した。病人は二日飲んで、かえって具合が悪くなった。
老医師は不思議に思い、自ら書類棚を探した。すると四枚目のカルテがあり、患者がかつてある温補薬にアレルギーがあったと記録されていた。そのページは学徒が持ってこなかった。タイトルが『春季皮疹』と書かれており、咳とは関係なさそうに見えたからだ。
学徒は不満げに言った、私が持ってきた三ページはすべて関連しています。老大夫は言った、問題は君が持ってきたものが間違っていることではなく、肝心な一ページを持ってこなかったことだ。それが欠けると、前の三ページがどれほど正しくても判断を誤らせる。
その後、医館は記録の探し方を変えた。徒弟は現在の症状だけでなく、禁忌、アレルギー歴、長期病歴、最近の投薬も調べる。机の紙は少し増えたが、重要な記録はもう簡単には漏れない。
老大夫は学徒に告げた。正確に調べるには二層の意味がある。一つは無関係なものを取りすぎないこと、二つは判断を変えるものを漏らさないこと。前者は机を清潔にし、後者は処方を安全にする。
それ以来、医館は誤診を振り返るたびに、まずこう問うようになった。私たちは必要な医案をすべて机の上に載せたか? どんなに賢い医者でも、見ていない証拠に基づいて判断はできないからだ。
後に医館は学徒に練習をさせた。老大夫はわざと同一患者の医案を咳嗽、皮疹、飲食、薬物のいくつかの棚に分け、学徒にどれを机に載せるべきか判断させた。学徒はそこで初めて、関連性とは字面の類似だけでなく、投薬、用量、リスクを変えるかどうかも含むと気づいた。医館は机に一、二頁多く載せることを選んでも、処方を危険にする一頁を漏らすことは望まなかった。後に学徒は遺漏の等級分けも学んだ。普通の旧病を漏らすのは面倒にすぎないが、禁忌や最近の投薬を漏らすと人を傷つける。遺漏の代価は異なり、記録文書を探す重点も異なる。重要な頁を網羅してこそ、その後の判断が成り立つ。重要な頁を漏らせば、後はすべて歪む。一頁見落とせば、処方は逆方向に開かれかねない。まず網羅すること。